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東京高等裁判所 昭和52年(行コ)26号 判決

控訴人(原告) 石井健雄

被控訴人(被告) 東京国税局長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四一年一月三一日付でした滞納者芝興業株式会社にかかる第二次納税義務告知処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、左のとおり附加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決末尾滞納税金目録中一行目第四欄に「納期限」とあるのを「指定納期限」と訂正する。)。

(主張)

一  控訴人

1  控訴人は滞納会社(芝興業株式会社)から国税徴収法三九条に該当する利益を受けたことはない。控訴人は、後記のとおり、滞納会社の代表取締役の地位にあつた前田秀雄(以下「前田」という。)から、共同事業契約(組合契約)の解約に関連して、同人の義務不履行による損害賠償金として合計七四〇〇万円の支払を受けた事実があるが、右はあくまでも前田個人から支払を受けたのであつて、滞納会社から支払を受けたものではない。従つて、控訴人が滞納会社に関し第二次納税義務を負ういわれはない。なお、控訴人は、原審において、控訴人が滞納会社から被控訴人主張の金員の支払を受けた旨の被控訴人の主張を認めるとの陳述をしたが、右は真実に反する自白であるので、これを取消す。元来租税訴訟は、課税の実体を見極め的確かつ公正に税法を適用し、税負担の公平を図ることをその使命とするものであつて、訴訟物につき自由処分の許される一般の民事訴訟とはその本質を異にするのであるから、明らかな事実に反する自白の撤回につき異議を述べることは、課税正義を実現すべき課税官庁のとるべき態度ではない。

控訴人が前田から前記金員の支払を受けるに至つた経緯は、次のとおりである。

(一) 前田と訴外伊東協一(以下「伊東」という。)及び控訴人の三名は、昭和三五年六月頃、共同して滞納会社から同会社所有の東京都港区芝田村町二丁目一四番四及び同番の一〇の二筆の宅地合計六六・九一坪(以下「本件土地」という。)を購入し、その地上に建物を建築してこれを賃貸することを目的とする共同事業を経営することを約した(右共同事業契約の性質は民法上の組合契約である。)が、右契約を締結するに際し、右三名は、本件土地の購入の事務は前田が、その地上に建物を建築する事務は伊東がそれぞれこれを分担し、本件土地購入のために当面必要とする資金は控訴人がこれを調達する(但し、本件土地購入後二か月以内に、前田において本件土地を担保として、控訴人の調達した土地購入資金及びその借入利息相当額の銀行融資を受け、右資金を控訴人に返済する。)ものとし、各自互にそれぞれ分担した事務を遂行する債務を負う旨を約した。

(二) 控訴人は、前記契約上の債務を履行するため、昭和三六年四月頃、四〇〇〇万円を訴外東光商事株式会社(以下「東光商事」という。)から借受け、これに自己資金一三一〇万円を加えて合計五三一〇万円を調達し、これを前田に交付した。

(三) 前田は、控訴人の調達した資金をもつて本件土地を購入すべく、その所有者である滞納会社と折衝したが、滞納会社の代表取締役木藤完二(以下「木藤」という。)の意向が滞納会社の株式全部の売却には応ずるが本件土地だけの売却には応じられないとのことであつたので、同年四月滞納会社の株式全部を買受け、同会社の全株式を取得することにより、株主として本件土地を支配し得る地位を得た。そして、右買受にかかる株式は、前記共同事業契約(組合契約)の趣旨に従い、前田、伊東及び控訴人がこれを共有(持分各三分の一)するところとなつた。

(四) 前田は、前記契約により、本件土地購入後二か月以内に控訴人の調達した土地購入資金を返済すべき債務を負つていたが、前記のとおり、本件土地購入に代るべき滞納会社の全株式の取得が実現した後も、本件土地を担保として銀行融資を受けるべき前記契約上の債務を履行しなかつたため、共同事業の継続が不可能となり、前田、伊東及び控訴人間で協議の結果、同年一〇月頃右三者間で、(1)前記(一)の共同事業契約を解約する。(2)前田は、滞納会社の全株式を自ら引受けて同会社を経営する、(3)前田は、伊東及び控訴人に対し、右共同事業契約に伴つて伊東及び控訴人が受けた財産上の損害(伊東のなした建物の設計に要した費用、控訴人の調達した前記株式買収資金とその利息を含む一切の損害)を賠償することを確約する旨の新たな合意が成立した。

(五) 右合意に基づき、伊東及び控訴人は、同年一〇月一〇日滞納会社の全株式の所有権(共有持分三分の二)を前田に譲渡すると共に、同年六月に就任していた同会社の代表取締役を辞任した。これにより、前田は、同会社の全株式を所有することになり、同年一〇月二八日に同会社の代表取締役に就任した。

(六) 前田は、右のようにして本件土地を自由に支配し得る地位を取得したところ、滞納会社の代表取締役として、同年一〇月二八日本件土地を担保に供して訴外大東京信用組合から金員を借入れ、更に同年一一月二日本件土地を訴外中菊太郎に売渡し、右のようにして得た滞納会社の資産をもつて、自己の控訴人及び伊東に対する個人的債務である前記(四)の(3)の損害賠償債務の弁済のため、控訴人に対し、同年一〇月二八日に一五〇〇万円、同年一一月二四日頃五九〇〇万円、合計七四〇〇万円を支払つた。

控訴人は、右受領にかかる金員を次のとおり弁済充当した。

(1) 控訴人が調達した前記株式買収資金の元本返済額 五三一〇万円

(2) 右資金のうち四〇〇〇万円の借入利息として、借入先である東光商事に支払つた分 一四四〇万円

(3) 右資金のうち控訴人の支出した自己資金一三一〇万円に対する金利相当額の遅延損害金と控訴人が組合契約存続中に組合のために立替えた諸経費分として控訴人が受領することにした分 五〇〇万円

(4) 伊東に対し、同人の行つた設計の費用相当額の損害賠償金として交付した分 一五〇万円

以上合計 七四〇〇万円

(七) 以上のとおりであるから、滞納会社の第二次納税義務は、同会社の資産を個人的債務支払のために流用した前田が負うべきものである。

2  滞納会社は、昭和五一年八月二日に訴外共和興業株式会社(以下「共和興業」という。)に吸収合併されたから、共和興業の納付能力を調査し、同会社に納付能力がある場合には、本件第二次納税義務告知処分は取消さるべきものである。

二  被控訴人

1  控訴人の前記主張1の冒頭の事実は否認する。

控訴人は、原審において、控訴人が滞納会社の実質上の支配者であり、かつ滞納会社から本件土地売却利益計上洩れにかかる二七九七万八九四〇円のうちから前田へ支払つた一五〇万円を差引いた残額二六四七万八九四〇円の交付を受けた旨の被控訴人の主張に対し、これを認める旨の陳述をしたのであるから、当審において、控訴人が滞納会社から金員の支払を受けたことがないと主張することは、原審でなした自白の撤回にあたる。よつて、右自白の撤回につき異議を述べる。

控訴人の前記主張1の(一)の事実は否認する。

仮に前田、伊東及び控訴人の三者間に控訴人の主張するような共同事業の合意が成立したとしても、右合意は、その当初において(控訴人主張の昭和三六年一〇月頃の解約の合意よりも以前に)三者の明示又は黙示の合意によつて解消され、消滅したものとみるべきである。

同(二)の事実のうち、控訴人が東光商事から四〇〇〇万円を借受けたこと及び総額として五三一〇万円を調達したことは認めるが、その余は否認する。控訴人が五三一〇万円を調達したのは、滞納会社の代表取締役木藤の要請により、控訴人自身が本件土地の所有者である滞納会社の全株式を買取ることとし、その資金等に充てるためであつたのである。

同(三)の事実は否認する。控訴人は、木藤の要請により、控訴人の調達した前記資金をもつて滞納会社の全株式を買取つた結果、同会社が所有する本件土地の処分権限を取得したのである。

同(四)の事実は否認する。

同(五)の事実のうち、伊東及び控訴人が昭和三六年一〇月一〇日に滞納会社の代表取締役を辞任した旨及び前田が同月二八日に同会社の代表取締役に就任した旨の各登記が経由されていることは認めるが、その余は否認する。なお、伊東及び控訴人の両名は、代表取締役辞任の登記を経由した後も取締役として在任し、同年一二月二八日付で同年一〇月三〇日に同会社の取締役を辞任した旨の登記を経由しているのである。

同(六)の事実のうち、本件土地が滞納会社から中菊太郎に売渡されたこと、控訴人が一四四〇万円を東光商事に借入利息として支払つたことは認めるが、その余は否認する。本件土地は、昭和三六年一〇月二五日に代金額八五〇〇万円で売買されたものであるが、控訴人は、自らその買主中菊太郎から同日内金二〇〇〇万円、同年一一月二〇日に残金六五〇〇万円を受領し、右各金員のうち、前田に交付し、或いは負債の返済等にあてたほかの残額二六四七万八九四〇円を滞納会社に帰属させず、同会社の実質上の単独支配者たる地位に基づき、同会社から無償譲渡を受けたのである。

同(七)の主張は争う。

2  控訴人の前記主張2については、滞納会社が昭和五一年八月二日に共和興業に吸収合併されたことは認めるが、その余は争う。

行政処分の取消しとは、有効に成立した行政処分につきその成立に瑕疵(一定の取消原因)が存する場合に、その行政処分時にさかのぼつて初めからその処分が行われなかつたのと同様の状態に復せしめる行為であるから、取消原因となる行政処分の瑕疵の有無は、当然にその処分の時を基準として判断すべきものである。ところで、本件告知処分は、前記合併よりも一〇年も以前である昭和四一年一月三一日になされたのであるから、その後に滞納会社を合併した共和興業が租税債務を支払う資力を有するに至つたとしても、これをもつて本件告知処分の取消原因となし得ないことは明らかである。

(証拠)〈省略〉

理由

一  当裁判所も原裁判所と同様控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであり、その理由は、左のとおり附加訂正するほか、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表六行目の「争いがない」の次に「(なお、控訴人は、当審において、右1の事実のうち、滞納会社が昭和三六年一一月二〇日頃本件土地の売却利益計上洩れにかかる二七九七万八九四〇円のうち二六四七万八九四〇円を控訴人に交付することによつて処分していたとの点につき、自白を撤回したが、右自白の撤回の認められないこと後記説示のとおりである。)」と加える。

2  原判決一〇枚目裏末行の「証人早田利忠」から一一枚目表三、四行目の「有するようになつたこと」までの記載を、「第八、九号証、第一一号証の一ないし三、第一二ないし第一七号証、証人前田秀雄、同伊東協一、同早田利忠(原審及び当審)、同田村静男の各証言並びに控訴本人尋問の結果(第一、二回)を総合すれば、控訴人は、昭和三六年四月頃前田秀雄及び伊東協一と共同して滞納会社の発行済の全株式を取得して、右三名で、右株式を共有(持分各三分の一)するに至ると共に同会社の経営権を掌握したこと」と改め、同一一枚目表末行から同裏初行にかけて「同社の一人株主であり実質上の単独支配者である」とあるのを、「同会社の発行済の全株式につき持分三分の一の共有権者であり、前田、伊東両名と共にその経営権を掌握していた」と改める。

3  原判決一二枚目表三行目に「同証言」とあるのを、「前掲乙第一三号証、第一五号証、証人早田利忠(原審及び当審)、同伊東協一、同前田秀雄の各証言及び控訴本人尋問の結果(第一回)」と改める。

4  原判決一三枚目表一〇行目から一一行目にかけて「いわゆる一人株主であつた」とあるのを、「発行済の全株式につき持分三分の一の共有権者であつて、控訴人、前田及び伊東の三名で同会社の発行済株式の全部を所有していた」と改める。

二  控訴人の当審における新たな主張の当否について検討する。

1  控訴人は、当審において新たに、控訴人が滞納会社から本件土地の売却によつて得た金員の支払を受けたことはない旨主張するに至つたが、控訴人は、原審第九回口頭弁論において、控訴人が昭和三六年一一月二〇日頃滞納会社から本件土地の売却利益計上洩れにかかる二七九七万八九四〇円のうち二六四七万八九四〇円の交付を受けたとの被控訴人の主張に対し、これを認める旨の陳述をしたのである(右事実は原審記録によつて明らかである。)から、当審における前記陳述は、裁判上の自白の撤回にあたるというべきである。

そこで、右自白の撤回が許容されるか否かについて判断するに、およそ裁判上の自白の撤回が許容されるためには、自白をした当事者において、該自白が真実に反しかつ錯誤に基づくものであることを立証しなければならないのであつて、この理は本件のような租税訴訟においても異なるところはないと解すべきところ、後述のとおり、本件においては、右自白にかかる事実が真実に反すると認めるに足りる確証がないから、右自白が錯誤に基づいてなされたものであるか否かを問うまでもなく、その撤回は許されないといわなければならない。即ち、原本の存在及び成立ともに争いのない甲第三号証の二、四、第四号証、控訴本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認める甲第五号証の一、二(但し、甲第五号証の一のうち官公署作成部分については成立に争いがない。)、証人伊東協一の証言及び控訴本人尋問の結果中には、控訴人の当審における前記主張即ち控訴人が滞納会社から本件土地の売却によつて得た金員の支払を受けたことはないとの主張に沿う部分があるけれども、右各証拠はいずれも後記証拠と対比してたやすく採用することができず、他には控訴人の右主張を肯認するに足る証拠はなく、かえつて、前掲乙第四、五号証、成立に争いのない乙第六号証、前掲第八、九号証、第一一号証の一ないし三、第一二ないし第一七号証、成立に争いがない乙第一八号証、証人前田秀雄、同伊東協一、同坂本忠助、同早田利忠(原審及び当審)、同田村静男の各証言並びに控訴本人尋問の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人、前田秀雄及び伊東協一の三名は、昭和三五年後半頃前田の発案により、共同して、滞納会社から同会社所有の本件土地を購入し、その地上に建物(ビルデイング)を建築して貸ビル業を営むことを企画し、三者で相談した結果、(イ)本件土地の購入の事務及び土地購入資金を金融機関から借り入れる事務は前田が、その地上に建物を建築する事務は伊東がそれぞれこれを担当し、本件土地購入のため当面必要とする資金(いわゆるたね銭)は控訴人がこれを調達する(但し、本件土地購入後二か月以内に、前田において本件土地を担保として金融機関から融資を受け、右資金を控訴人に返済する。)こと、(ロ)前記貸ビル営業によつて得た収益は右三名で均等に分配すること等を内容とする口頭による約定が三者間に成立した。

(二)  控訴人は、右約旨に従い、昭和三六年四月頃、東光商事から四〇〇〇万円を高利で借受けるなどして五三一〇万円を調達し、これを前田に交付した。他方、前田は、前記約旨に則つて、本件土地を購入すべく、滞納会社の代表取締役木藤完二と折衝したが、同会社には本件土地のほかには見るべき資産がなかつたところから、木藤が同会社の全株式の売却には応ずるけれども本件土地だけの売却には応じられないとして譲らなかつたため、控訴人及び伊東の同意を得たうえ、本件土地を購入する代りに、滞納会社の株主全員の代理人兼本人である木藤及び斉藤庄蔵から同会社の発行済の株式全部を前記三名で買受けることにした。そして、前田は、同年四月七日頃、自己と伊東の名を用いて(控訴人が韓国籍を有する外国人であるため、外対的な信用の損われることを慮つて、特に控訴人がその買主の一人であることを相手方に示さなかつた。)、木藤、斉藤両名との間に、同人らの所有する滞納会社の発行済の全株式五万株を売買する旨の契約を締結し、控訴人から交付を受けた前記金員をもつて右売買代金の支払に充て、木藤、斉藤両名から同会社の株券と社印の引渡を受け、伊東にその保管を委ねた。右のようにして、控訴人、前田及び伊東の三名は、本件土地の所有者であつた滞納会社の全株式を取得し(右株式の買受が前田、伊東両名の名においてなされたことは前記のとおりであるが、前認定の経緯に照らせば、右売買の結果、右株式は控訴人、前田及び伊東の三名がこれを共有(持分各三分の一)するに至つたものと認められる。)、同会社の経営権を完全に掌握することにより、本件土地を自由に使用、収益、処分し得ることになつた。

(三)  ところで、その後二か月を経ても、前田が当初の約定に従つて控訴人の調達にかかる前記五三一〇万円につきその返済をしようとしなかつたため、控訴人と前田との間の信頼関係は次第に失われ、控訴人は伊東と相談のうえ、前田には無断で、昭和三六年六月一〇日に控訴人、伊東、安田雄一(控訴人の親族)他三名が滞納会社の取締役に、更に同日右のうち控訴人及び伊東の両名が代表取締役にそれぞれ就任した旨の登記を同年七月四日に経由した。そして、その後も控訴人と前田との関係は改善されず、そのままでは、当初の約定どおり控訴人ら三名で共同して本件土地上に建物を建築して貸ビル業を営むことは困難な状況であつた。

(四)  滞納会社は、前記のとおり、本件土地以外には見るべき資産を持たず、控訴人ら三名がその全株式を取得した後は全く営業活動をなさず、従つて、何らの収益も挙げていなかつた。そこで、控訴人は、この際本件土地を売却処分し、その売得金をもつて自己の調達した前記金員を回収しようと考え、前田及び伊東と協議したところ、昭和三六年一〇月初頃三者間に、次のような合意が成立した。

(1) 滞納会社をしてその所有にかかる本件土地を売却させ、控訴人は、同会社から右売得金をもつて、さきに本件土地を取得するための資金として調達し前田に交付した五三一〇万円及びこれに対する利息金相当額の支払を受ける。

(2) 控訴人及び伊東は、同人らの所有にかかる滞納会社の株式(持分)を前田に譲渡し、以後前田において同会社の経営に当たる(同会社は、本件土地以外には僅かに電話加入権を有するのみであつて、本件土地を売却し、その売得金を右(1)のとおり処分すれば、無資力同然となるが、同会社の資本金額が二五〇〇万円と比較的大きかつたところから、当時資本金額が一六〇万円に過ぎない共和興業の経営者であつた前田は、滞納会社の右資本金額に魅力を感じていた。)。

(3) 本件土地の売却に関する交渉は前田がこれを担当する。

(五)  控訴人ら三名間に前記合意が成立するや、これに基づき、伊東は、その保管にかかる滞納会社の株式及び社印を前田に交付し、又前田が昭和三六年一〇月三日同会社の取締役に就任し、更に同月一〇日控訴人及び伊東が代表取締役を辞任(平取締役として留任)したが、後任の代表取締役については、控訴人ら三名間で、暫定的に控訴人の代理人的な立場にある安田雄一をして就任させ(以上の就任及び辞任の登記は同月一七日に経由した。)、控訴人が本件土地の売得金をもつて自己の調達した前記金員の回収をなし得る目処がつき次第、安田を辞任させ、前田をその後任の代表取締役に就任させることを相互に了解した。ところで、同月二五日頃前田において、本件土地を中菊太郎に代金八五〇〇万円で売却する旨の交渉を取りまとめ、手付金二〇〇〇万円の授受を了し、右金員が控訴人に交付されたので、同月二八日安田が代表取締役を辞任して、前田が後任の代表取締役に就任し、同月三一日にその旨の登記が経由された。

(六)  かくして、前田は、名実共に滞納会社の代表者となつたため、昭和三六年一一月二日付で同会社を代表して、中菊太郎との間に、本件土地の売買に関する契約証書(乙第一三号証)を取交わし、同月二四日頃前記売買代金の残額六五〇〇万円の授受を了したが、本件土地の売買代金の授受は、手付金の分も含めて、現実には、前記安田が控訴人の代理人ないし使者となつて買主から直接受領して、控訴人にこれを交付した。

控訴人は、自らの判断で、右受領にかかる売買代金八五〇〇万円のうちから、(イ)伊東に対し、同人が前記(一)の約定に従つて行つた建物の設計料分として一五〇万円、(ロ)前田に対し、利益配分として一五〇万円、(ハ)東宝不動産に対し、本件土地の仲介手数料として一〇〇万円、(ニ)弁護士坂本忠助に対し、書類作成料として一〇万円をそれぞれ支払つたが、残金は自らこれを取得し、その一部を控訴人が前記(一)の約定による金員の調達のため東光商事から借受けた四〇〇〇万円及びその利息金一四四〇万円の弁済に充て、残余は右金員調達のため自ら支出した一三一〇万円及びこれに対する金利並びに立替諸経費の名目でこれを取得した。

以上認定のとおり、控訴人は、前田及び伊東と共同して、本件土地の所有者である滞納会社の全株式を取得して、右三名でこれを共有するに至つたが、右株式の取得に要した全費用を自己において調達した関係上、右三名の中では終始控訴人が主導的な立場を保持し、当初の計画どおり右三名で本件土地を利用して共同事業を営むことが困難な状況に立ち至るや、自己の調達した資金の回収を図る目的で、滞納会社をしてその所有にかかる本件土地を売却処分させ、自らその売得金を買主から受領したうえ、その中から前田、伊東その他に支払うべき金員を自らの判断で支払い、残余の約八〇〇〇万円を自ら取得し、自己の調達した前記資金の弁済に充てるなどしたものであるところ、控訴人は、当時滞納会社そのものに対しては何ら債権を有していたわけではないから、同会社所有財産の売得金を右のようにして取得し得るいわれは全くなく、従つて、以上の事実関係に徴すれば、控訴人は滞納会社から被控訴人主張の二六四七万八九四〇円を上廻る金員を実質上無償で譲渡を受けたものというべきである。

以上のとおり、控訴人の前記自白については、それが真実に反するものと認められないから、その撤回は許されず、従つて、控訴人の当審における前記の新主張はこれを採用することができない。

2  次に、控訴人は、当審において新たに、滞納会社は本件告知処分後の昭和五一年八月二日に共和興業に吸収合併されたから、共和興業に納付能力がある場合には、本件告知処分は取消さるべきである旨主張するところ、成立に争いのない乙第一〇号証、前掲乙第一八号証によれば、滞納会社が控訴人主張のとおり本件告知処分後の昭和五一年八月二日に共和興業に合併されたことが認められる。

しかしながら、国税徴収法等の定める第二次納税義務の告知処分は、主たる課税処分により確定した主たる納税義務の徴収手続上の一処分としての性格を有し、該告知処分を受けた第二次納税義務者は、主たる納税義務について徴収処分を受けた本来の納税義務者と同様の立場に立つのであるから、該告知処分後に、本来の納税義務者が租税債務を支払う資力を回復し、或いは本来の納税義務者が十分な資力を有する法人と合併するに至つたとしても、右のような事由は、一旦なされた第二次納税義務の告知処分の効力に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。従つて、控訴人の右主張はその主張自体失当といわなければならない。

三  よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一 蓑田速夫 松岡登)

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